2013年05月03日

no-title

夕焼けこやけ

一昨日、昨日と張り切ってガンガンやったパンフの積み上げと発送作業。
おかげで今日は動けない。
運動不足のおかげです。

夕焼けこやけ
今日は
私が私であるために
大切なものがあるのです。

それぞれの人が、
大切な一日を自ら選べることが、
あたりまえになるために、
もっと生かすことを考えたい。

5月3日 憲法記念日


posted by ぶん at 21:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月01日

平和行進カウントダウン!

Picture043013_104628.jpg.facebook_1153203260.jpg.facebook_1272441785.jpg.facebook_-1296321950.jpg4月30日

事務局団体のみなさん10人で手分けして、東京ー広島コース最初に通る門前仲町商店街を中心にポスター貼り!
一昨年を上回る昨年をさらに上回り、びっくりするほど好感触!

平和行進を初めて知った居酒屋の若い店長「すごい!楽しみにしてます」と。ポスター貼りを一緒に手伝ってくれた魚屋さんや、マッサージ屋さんは「どうもお疲れさま!」飲み屋のお母さんは「一番目立つところに貼っていいよ!」と言ってくれたんだそう。
「毎年やってますよね!」とブティックのお姉さんはショーウィンドウの内側から貼らせてくれました。昼の仕込み中におじゃましたカッチョいい刺青している長浜ラーメンのお兄さんに貼らせてほしいと頼むと「ああ、いいよ!俺たちバイク仲間に広島のやつがいて、毎月広島に千羽鶴送ってるんだよ」と。毎年じゃないよ、毎月だよ!すごいでしょ!

ハンコ屋さんのおじさんは、ポスター貼れるところなく残念でしたが「第五福竜丸だね」と。
昨年も貼ってくれた炉端の居酒屋さんは今年も快くOK!
富岡八幡宮の門前の弁当屋さん、日本料理のお店、金物屋さん、中華料理、タバコ屋、怖そうな寿司屋の経営者など、25組のポスターは一時間あまりで使いきりました!
歩いていたおばあちゃんは「わたしは歩けないけど、手をふるよ」と言ってくれたそうです。
JMIU の西さんは「大都会東京だから貼るのは難しいと言ってたけど、行けば貼らしてくれる。平和行進の雰囲気作り大切だね」全教の芹田さんや民医連の上田さんは「反応が良くてびっくり!」と喜びあいました!

東京だから無理なんてことないね!
やっぱりこっちから壁をつくらずあたってみるのは大事ですね!

いい気分で食べる地元のお魚やさんの定食サイコー!でした。
posted by ぶん at 09:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月29日

平和憲法を持つ国のするべきこと

4月28日
詫びることもない「主権回復の日」
こんな恥ずかしく愚かな政府に、この国を決められるなんて、わたしは恥ずかしく愚かだ。

♪この国を守るために
核兵器がなくてはならないとしたら
核兵器がなくては滅びていくとしたら
滅びていこうではないか

わたしたちはどんなことがあっても
戦力は持たない
わたしたちはなんと言われようと
戦争はしない

………笠木透さんの「軟弱者」をうたう

北朝鮮との緊張が続く中、今こそ活かすべきは、軍事力ではない。
posted by ぶん at 18:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まだ終わらないビキニ事件!調査決行!

.facebook_528439794.jpg.facebook_-891075474.jpg.facebook_552719417.jpg.facebook_501411016.jpg4月27日

南海放送ディレクターで『放射能を浴びたX年後』の監督であり、9年もの間、聞き取り調査を続けてきた伊東監督と一緒に神奈川県久里浜へ。

東京平和委員会の青年企画に集まったのは19人。そのほとんどが若者。伊東監督曰く「この人数は前代未聞」と。つまり、どれだけ国民の関心事ではなかったか、わたし自身含めて、59〜55年も前の真実が隠蔽されたまま風化する危機を知らなかった。

愛媛在住の伊東監督がまわるには全く手が足りない。
ヒロシマ、ナガサキの被爆者から話を聞けるのも急がれるとおなじに、あの核爆発実験が行われたあのときに、あの海で操業していた船員たちの中で、今も生存している方は少ない。
第二幸成丸の乗組員で今も生きているのは二人だけ。
その一人、有藤さんのお宅をみんなで訪ねた。
被ばくし、ガイガーカウンターで年間放射線量をかるく越えてしまった漁師さんたちにはその結果も知らせず、そもそも爆発と白い灰を知ったのは、第五福竜丸の無線を傍受したからなのだ。

福竜丸よりも遠くで操業していた第二幸成丸の船員のほうが、なぜ若くして多くの方が亡くなっているのか?

アメリカが隠蔽し、日本政府も追求しなかった"被ばく"の実相は?

未だに初期放射線による被ばく影響のみを取り上げ、遠距離被爆、内部被曝を軽視する国の認定基準は、真実を歪めている。

被爆者の実相を知ることは、「ふたたび被爆者をつくらないこと」なんだ。

奇しくも、3・11東電・福島第一原発事故が起きて、国民の関心が高まった核の問題と課題。

福島につながるとして調査がいま、あちこちで行われようとしているが、
伊東監督は「ぼくにとっては、弔いなんです」と語られた。

この9年の中で、伊東監督にぶつけられた被爆者の憤りと戸惑いとさまざまな感情とともに命を去った船員さんたちを想う。

あてがない中、グループごとに浜辺を歩き20分。たまたま声をかけたら、なんと、当時ビキニ環礁でマグロ漁をしていた方を知っているというおじいさんに会えたのだ!
事情を話たら「腕のいい漁労長が三崎にいるよ。連絡していいか聞いてみるからお宅らの連絡先教えて」と。
なんとその二時間後に電話があり「三度の水爆実験を知っている」という90代の元漁労長にコンタクトを取ることがOK となった!

聞いてみて良かった!
全員が次回の調査に参加を決めた。
posted by ぶん at 15:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月09日

face book でつながった初めましての方々と震災福幸応援

Picture033013_192102.jpgPicture033013_222545.jpgPicture033013_204929.jpgPicture033013_210217.jpgちょいと掲載忘れていました記事。

先月は、さいたま市fbグループ主催の『震災福幸応援チャリティコンサート』に参加。

陸前高田市のゆるキャラ"ゆめちゃん"の「サインするよ」の可愛いジェスチャーにやられ、CD 購入。
歌手は大船渡出身のシンガーソングライター濱守栄子さん。彼女の歌う『国道45号線』は海沿いの通いなれた風景に、生きていた人たちの姿を思う素直な気持ちに涙がでました。私の故郷、八戸の中学生のときの通学路も国道45号線だったこともあり、しみじみ。
ほかにも、いわきの映像や田老の映像があり、この2年の歩みの遅さを実感するものでした。また、石巻でいのちをさらわれた生徒を想いました。
グッズ販売されていた釜石市出身の方はご両親らを津波で亡くされたと話してくださいました。
「下ばかり向いていられませんよね」と笑顔で販売していた釜石の"大漁"手拭いや陸前高田市の物産品の板昆布や焼きまつもなどいろいろ購入してきました。
さいたま市長の清水さんもゆるキャラ『ヌー』と被災地の支援もがんばっています。
ほかにも田老のベビーハンモックhttp://www.tarobabyhammock.com、雄勝の硯、石巻の呉服屋タオル、福島プロジェクトなどなど出展。
私も縁あって、南三陸の「南三陸オクトパスくん福興多幸」支援グッズ販売しながら、このつながりを大切にしたいなとあらためて思いました。

企画の運営にあたった方たちに
あらためて感謝です。
posted by ぶん at 22:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。